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1: 2019/05/28(火) 19:36:07.52 ID:ctKhHkil9
国産初のスーパーカーは今の実用車並の150馬力

 令和になって約半月。まさに「昭和はむかしになりにけり」といったところだが、昭和の自動車史で面白いのは、何といってもエンジンの高出力化競争。

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 70年代のオイルショックや排ガス規制を挟みながら、1989年=平成元年に280馬力(自主規制)時代に到達するまで、100馬力よりは150馬力、150馬力よりは200馬力と、新車が出て、最高出力が更新されるたびに、クルマ好きは狂喜乱舞することができた。そんな昭和のハイパワー化への歴史を振り返ってみよう。

トヨタ2000GT/150馬力(1967年)

 国産車のハイパワーエンジンのひとつの基準になったのは、1967年に登場したトヨタ2000GTのエンジン=3M。ヤマハが開発・生産した2リッターDOHC、直列6気筒は、ソレックス(ミクニ)の3連キャブ付きで150馬力。最高速は220km/hと、当時の2リッターエンジンとしては断トツの高性能を誇っていた。

 この3Mエンジン以降、日本の高性能エンジンは、DOHCの直列6気筒が最高! という流れができる。

以下ソースで読んで
5/28(火) 11:40配信
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190528-00010001-wcartop-ind


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Source: 車ちゃんねる
280馬力までいかに到達したか?昭和の国産車パワー競争の歴史と名車2000GT GTR

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